ヴィクトリア女王の足元にいた犬が、日本の街を歩き始めるまで——イタリアングレーハウンドと日本の20年

ヴィクトリア女王の足元にいた犬が、フリードリヒ大王の宮殿を走り回っていた犬が、
日本で「街で見かける犬」になったのは、ほんの20年ちょっと前のことです。

そう言うと、少し意外な気がしませんか。

犬種としての歴史は2,000年を超える。ヨーロッパの貴族社会ではずっと愛されてきた。

それなのに、日本で単犬種クラブが生まれたのは2003年、平成15年のことでした。

わたしがイタリアングレーハウンドを繁殖するようになってから、この犬種の日本での歩みを調べるうちに、
ヨーロッパの宮廷でもてはやされた犬種が、なぜ日本ではこんなにも遅く、静かに、少しずつ広まっていったのか。

今回はその「時差」を軸に、イタリアングレーハウンドが日本で辿ってきた20年あまりの歴史を書いてみようと思います。


目次

まず、知っておきたい「戦後の再建」という物語

日本の話をする前に、少しだけヨーロッパの話をしておかなければなりません。

なぜなら、日本にイタリアングレーハウンドが広まっていく背景には、
ヨーロッパでの「犬種の再建」という物語が不可欠だからです。

第二次世界大戦は、この犬種を絶滅の縁に追い込みました。

ヨーロッパが焦土と化す中で、イタリア国内のピッコロ・レヴリエーロ・イタリアーノ(イタリアングレーハウンドの本国名)の数は壊滅的に減りました。

食料もない時代に、小さな細い観賞犬を維持できるほど余裕のある家庭などほとんどなかった。

かつて王侯貴族の宮廷を彩っていた犬種が、戦争という現実の前に消えかけていった。

その危機を救ったのが、1951年のことです。

Maria Luisa Incontri Lotteringhi della Stufa(マリア・ルイザ・インコントリ・ロッテリンギ・デッラ・シュトゥーファ)という女性が、

オーストリアから「Komtesse von Gastuna(コムテッセ・フォン・ガストゥーナ)」という一頭のイタグレを輸入しました。

この一頭が、戦後の犬種再建の出発点になったと伝えられています。

たった一頭の犬が、消えかけていた犬種の灯を再点火した
——そう思うと、「Komtesse von Gastuna」という名前が、ただの犬名以上のものに聞こえてきます。

1956年10月にはFCIがイタリアングレーハウンドを正式承認

翌月の1956年11月、本国イタリアでは「Circolo del Levriero Italiano」(後のCircolo del Piccolo Levriero Italiano)が設立されました。

日本にイタグレが入ってくるのは、こうした犬種の「再出発」からしばらく経った後のことです。


江戸時代に日本に来ていた、という伝承

日本とイタリアングレーハウンドの最初の出会いがいつだったのか、これは実のところはっきりしません。

ただ、こんな話が伝わっています。

江戸時代、鎖国の時代にも一部の外来文化が長崎から流入していましたが、
その頃にイタリアングレーハウンドが日本に持ち込まれ、身分の高い令嬢たちに愛でられていた——という話です。

これはあくまで「伝承として」というレベルのもので、確かな記録があるわけではありません。

ただ、細く優美なシルエットは日本の美意識とどこか親和性があるような気もして、
「あったとしても不思議ではない」という気持ちにはなります。

こういう話に一次資料を求めすぎると、歴史の物語はどんどん薄くなってしまう。

だから「こんな話もあります」という温度で受け取っていただければと思います。


JKCの登録記録が語る「いつ、どのくらい増えたか」

江戸時代の伝承はともかく、数字で追えるのはJKC(ジャパンケネルクラブ)の登録統計です。

JKCに記録が残っている範囲でたどると、
2000年時点でのイタリアングレーハウンドの年間登録数は296頭でした。

296頭。

正直、これは少ない。当時の犬種人気ランキングでは上位にも入っていない、かなりマイナーな犬種でした。

それが20年後、2020年には2,898頭(ランキング20位)に達します。
約10倍の増加です。2021年は3,055頭(同20位)、そして2025年には3,234頭(同20位)という数字が出ています。

約25年で、登録数は約11倍になった計算です。

もちろん、これをプードルの約69,000頭やチワワの規模と比べれば、まだまだ少数派です。

シェアで言えば、チワワの約7%程度。「日本でメジャーな犬種」とは言い難い。

でも、「絶えそうになっていた犬種」から考えれば、驚くような数字だと思いませんか。

では、この急増はいつ頃から始まったのか。そしてその背景に何があったのか。


2003年——アジア初の単犬種クラブが日本で生まれた

転換点のひとつとして、はっきりと記録に残っているのが2003年4月のことです。

JKC東京南イタリアン・グレーハウンドクラブが発足しました。

これは、日本のみならずアジア全体で初めてのイタリアングレーハウンド単犬種クラブです。

単犬種クラブというのは、一つの犬種を専門に扱うブリーダー・愛好家の組織です。

血統の管理、繁殖基準の維持、犬種標準の普及
——こうした活動が、犬種の健全な発展を支えます。
逆に言えば、単犬種クラブが存在しない状態とは、犬種としての「軸」がない状態に近い。

ヨーロッパでは戦後間もない1956年にすでに本国のクラブが立ち上がっていた犬種が、
日本では47年後の2003年にようやくその基盤を手にした
——この「時差」は、ある意味でこの犬種の日本における位置づけをそのまま表していると思います。

長い間、好きな人が細々と繁殖してきた犬種。

ペットショップにほとんど並ばない犬種。
知っている人は知っているが、街で見かけることはほぼなかった犬種。

それが、2003年以降に少しずつ変わっていきます。


なぜイタグレはペットショップと相性が悪いのか

ここで少し、この犬種の特性の話をしておきたいと思います。

イタリアングレーハウンドがなぜ長い間「少数派」であり続けたのか、
その理由の一つに、ペットショップ流通との相性の悪さがあります。

骨が細い。寒さに弱い。興奮させるとすぐに骨折するリスクがある。
生後2〜3ヶ月の子犬を店頭に並べて、不特定多数の人が触れるような環境は、この犬種にとってリスクが高い。

また、体温を奪われやすいこの犬種は、犬舎環境より個別の家庭での世話の方が向いている側面もあります。

だから自然と、繁殖者と購入者が直接つながるブリーダー直販という形が根付いていきました。

「好きなブリーダーを探して、直接連絡して、家族に迎える」
——これが、日本でのイタグレ文化の基本的な流れです。
ペットショップの窓越しに一目惚れして連れ帰る、という犬種ではなかった。

わたしがイタグレの繁殖をしているのも、この流れの延長線上にあります。
直接話して、渡したい
——そう思うのは、この犬種とその文化を引き継ぐことでもあるのだと感じています。


SNSの時代が、この犬種を「見える」ようにした

2003年のクラブ発足から、さらに数年が経つと、日本のイタグレ界は別の追い風を受けます。

インターネット、そしてSNSの普及です。

ブリーダーがブログで子犬の様子を発信する。飼い主がInstagramにイタグレの写真を上げる。

細くて美しいシルエット、大きな目、震えながら飼い主に寄り添う様子
——それが「かわいい」として広まっていく。

そうして、「知っている人だけが知っている犬種」から、
「画面の向こうで見かけたことがある犬種」へと変わっていきました。

JKCの登録数が急増した2010年代後半〜2020年代の伸びは、こうしたSNSでの可視化と無関係ではないと思います。

ただ、可視化が進んだことで、課題も生まれました。

「細くておしゃれでかわいい」という一面だけが目立ち、
骨折リスクや寒さへの弱さ、運動量の必要性といった現実が後回しにされる場合がある。

「見た目で選んだら、想像と違った」というミスマッチが起きやすくなった時期もあります。

だからこそ、正確な情報を継続的に発信していくことが大切だと感じています。


令和の今、この犬種はどこに向かっているのか

2025年時点で、イタリアングレーハウンドのJKC年間登録数は3,234頭(20位)。

2000年の296頭から25年で11倍になった犬種が、今後どう変わっていくのか
——わたしには分かりません。さらに増えていく可能性もあるし、ある水準で落ち着いていく可能性もある。

ただひとつ言えるのは、この犬種の日本での歴史は、まだ始まったばかりだということです。

平成15年にようやく単犬種クラブができた。令和になって街でも見かけるようになった。

でも、ヨーロッパで2,000年かけて積み重ねてきた文化や知識を、日本はまだ20年しか蓄積できていない。

繁殖の技術、血統管理の深さ、犬種への理解
——そういうものがまだまだ育っている途中にある犬種だと、繁殖している立場として実感しています。

ヴィクトリア女王の足元にいた犬が、日本の街を歩き始めるまでに要した長い時間。

その歴史の一端を引き継ぎながら、次の10年、20年をどう積み上げていくか。

それがブリーダーとして、この仕事の本質だと思っています。


まとめ

  • 1951年、オーストリアから輸入された「Komtesse von Gastuna」が戦後のイタリアングレーハウンド再建の出発点に
  • 1956年、FCIが正式承認。イタリアで本国クラブ発足
  • 2003年4月、JKC東京南イタリアン・グレーハウンドクラブが日本・アジア初の単犬種クラブとして発足
  • 2000年〜2025年でJKC登録数は約11倍(296頭 → 3,234頭)に増加
  • ペットショップ文化と相性が悪いこの犬種は、ブリーダー直販という文化と共に育ってきた
  • SNSの普及がイタグレの可視化を加速させ、2010年代後半以降の急増につながった

平成15年に単犬種クラブができて、令和の今は街でも見かけるようになった。でも、この犬種が日本で過ごした20年は、まだ始まったばかりです。

これからどんな歴史が積み重なっていくのか——それを一緒に見届けていきたいと思っています。


参考文献

  • JKC(ジャパンケネルクラブ)「犬種別登録頭数統計」 https://www.jkc.or.jp/registr-statistics/(2000年〜2025年の年次データ)
  • JKC東京南イタリアン・グレーハウンドクラブ(TIGC)公式サイト https://italiangreyhound.jp/(クラブ設立経緯・活動記録)
  • FCI-Standard N° 200(イタリアングレーハウンド公式犬種標準、最新改訂版)
  • ENCI(Ente Nazionale della Cinofilia Italiana):Piccolo Levriero Italianoの戦後再建に関する歴史記録
  • Wikipedia「Italian Greyhound」 https://en.wikipedia.org/wiki/Italian_Greyhound

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