「日本」の名を持ちながら、日本犬じゃない——それがこの子たちの面白さ

こんにちは、ラーテル犬舎です。

「日本スピッツって、日本犬なんですか?」

犬舎にいると、こういう質問をいただくことが時々あります。

「日本」という名前がついているから日本犬、というのは直感的には自然な発想です。

でも、この問いに対する正直な答えは、「日本生まれだけれど、日本犬ではない」という
ちょっと捻れた答えになります。

そして面白いのは、ルーツをさかのぼっていくと、FCI(国際畜犬連盟)が発行する公式スタンダードですら、
起源を断定せず「〜とされる(is said to be)」という表現で書いているという事実です。

世界中の犬種団体が参照する国際機関の公式文書が、自信を持って「こうだ」と言い切れない
——それが、この犬種の100年の歩みをある意味正直に表しているのかもしれません。

今日は、日本スピッツのルーツをめぐるあれこれを、少しコラム調にたどってみたいと思います。

ブリーダーとして、自分たちが繁殖している犬種の来た道をきちんと知っておきたい
——そんな気持ちから書いた記事です。


目次

FCIが「said to be」と書いている理由

まず、現時点で最も公式な記述を確認しておきましょう。

FCI(Fédération Cynologique Internationale:国際畜犬連盟)が定めるスタンダード第262号(日本スピッツ)には、起源についてこう書かれています。

“The origin of the Japanese Spitz is said to be the large-sized white German Spitz”

(FCI Standard No.262。続けて「シベリア経由・中国東北部を経て1920年頃に日本にもたらされた」と記述)

「said to be(〜とされる)」。

これは断定を避けた書き方で留保付きの言い方にとどまっています。

なぜ断定できないのか
——それは、日本スピッツという犬種がはじめから「一頭の犬から始まった」という単純な成立をしていないからです。

1920年頃、シベリア・中国東北部(満州)を経由して大型の白色スピッツが日本に流入してきたとされています。

1921年には東京のドッグショーに白い外来スピッツが初出陳されたという記録も残っています。

そして1925年、カナダから白いスピッツが2ペア(4頭)輸入されました。
その後1936年頃にかけて、カナダ・アメリカ・オーストラリア・中国などさまざまな地域から白色スピッツが追加輸入され、交配が重ねられていきました。

複数の産地、複数の時期、複数の個体
——それらが折り重なって現在の犬種が生まれました。

「何年の、どの一頭から始まった」という単純な出発点がない。
だからFCIも「said to be」と書くしかなかったのだと思います。

これは怠慢ではなく、正直さの表れだと私は受け止めています。


「日本犬」とは呼べない、その理由

少し立ち止まって、「日本犬とは何か」という話をしておきたいと思います。

日本には、公益社団法人 日本犬保存会(日保)が保護・普及活動を行う6つの犬種があります。

  • 柴犬
  • 秋田犬
  • 甲斐犬
  • 紀州犬
  • 四国犬
  • 北海道犬

これらは縄文時代や弥生時代にまでルーツが遡るとされる、
日本固有の古代犬の系統です。

長い年月を日本の風土と人とともに過ごしてきた、本来の意味での「日本の犬」です。

日本スピッツは、この6犬種には入っていません。

1920年代に海外から来た白色スピッツを基に、日本で品種改良して作出された犬種
——「日本生まれ」ではあっても「日本犬」ではない。

この少し複雑な立ち位置が、日本スピッツという犬種を語るときの面白さであり、
避けては通れないポイントでもあります。


国際認定までの、意外と長い道のり

品種として形が整っていくにつれ、国際的な認定が少しずつ広がっていきました。その経緯を整理するとこんな流れになります。

出来事
1920年頃シベリア・中国東北部経由で大型白色スピッツが流入
1921年東京のドッグショーに初出陳
1925年カナダから2ペア(4頭)輸入
〜1936年頃カナダ・アメリカ・オーストラリア・中国からの輸入が続く
1948〜49年JKCの前身団体が活動開始、スタンダード整備。1949年にJKC法人化
1964年FCI(国際畜犬連盟)が正式認定(No.262)
1977年KC(英国ケネルクラブ)が認定(Utilityグループ)
2019年AKC FSS(フォンデーション・ストック・サービス)に追加

JKC前身団体が動き出した1948年頃からFCI認定(1964年)まで約16年。

さらに英国認定まで13年、AKCには2019年にようやく
——それも完全認定の前段階であるFSSへの追加という形でたどり着きました。

他の犬種と比べると、国際的な承認がゆっくりと広がっていった犬種です。

AKCでの扱いは今でもFSSにとどまっており、完全認定には至っていません。


アメリカン・エスキモー・ドッグという「兄弟分」

なぜアメリカでの認定がそんなに時間がかかっているのか
——ここが、個人的に一番面白いと思う話です。

AKCが日本スピッツを完全認定していない理由として言われているのが、
アメリカン・エスキモー・ドッグとの外見的な類似です。

アメリカン・エスキモー・ドッグは、白い被毛、くさび形の頭部、立耳、ふさふさした尾
——並べると日本スピッツとそっくりです。「この2つを別の犬種として認定するだけの差異がどこにあるのか」という点が、AKCの査定に引っかかったとされています。

でもよく考えると、似ているのには理由があるんです。

アメリカン・エスキモー・ドッグは、ドイツ系移民がアメリカに持ち込んだ白いスピッツを基に発展した犬種とされています。

そして1925年に日本へ渡ってきたカナダからの2ペアも、同じような北米を流通していた白色スピッツ系の犬たちだった可能性が高い。

つまりこの2犬種は、遠く離れた場所で、似たような祖先から育ってきた、
いわば「兄弟分」のような関係にあるかもしれないのです。

「外見が似すぎてAKCで認めにくい」という現在の状況は、
両犬種が実際に近縁である可能性を間接的に示しているとも言えます。

見た目の類似には、それなりの歴史的な根拠があるということです。


「どの犬種から来たのか」をめぐる、さまざまな声

日本スピッツの起源については、今もいくつかの見方が並んでいます。

最も広く支持されているのは、FCIのスタンダードが採用している立場
——1920年代に複数の産地から流入したジャーマン・スピッツ系の白色犬が基礎となり、それらを交配・改良して日本で固定した品種だという考え方です。

複数の産地・時期が関わるので単一の起源に絞れない、というのがFCIが「said to be」と書いた背景でもあります。

「基礎はジャーマン・スピッツ一本で、産地が違っただけ」という見方もあります。

本質的には上の説と矛盾しませんが、「複数犬種の混血」ではなく「ジャーマン・スピッツの改良品種」として捉えるニュアンスの違いがあります。

一方、ふかふかした白い外観の類似から「サモエドの血が混じっているのでは」という説も昔からあります。

シベリア・中央アジア経由での流入という地理的背景も、そのイメージを後押しします。

実際のところ体型や気質はかなり違いますが、こんな話もあります、という程度に知っておくのも面白いと思います。

「シベリア経由で来たなら、ロシアのスピッツ系(ライカ)の血も入っているのでは」という声もあります。

地図を眺めながら想像をふくらませると確かにそうも思えますが、
これはあくまでも地理的な連想に近い話です。

どの説にも言えることは
——ジャーマン・スピッツ系の白い血が中心にあるという点ではほぼ共通しているということ。

FCIが「is said to be」と書いている通り、単一の起源を特定できる記録はなく、
複数の白色スピッツ系犬種の影響が混じり合って現在の形に落ち着いた、というのが一番正直な理解だと思います。


「日本生まれの洋犬」——この立ち位置が、この犬種の個性

日本犬保存会の6犬種には入らない。
FCI公式文書は起源を断定しない。

AKCでは外見の類似を理由に完全認定されていない。

こうして並べると、日本スピッツはなんとも宙ぶらりんな立場に見えるかもしれません。

でも、ブリーダーとしての視点から正直に言うと
——私はこの「日本生まれの洋犬」という独特の立ち位置が、この犬種の面白さの一つだと思っています。

縄文・弥生の太古から続く在来種ではないけれど、日本に来た白い犬たちが、この国の気候・生活・人との関わりの中で約100年をかけて磨かれてきた。

「純白」というシンプルでいて厳格な表現型を固定したことで、
ほかにはない独自の存在感を持つようになりました。

FCIが「is said to be」と濁したのは、「よくわかっていないことをわかっているように書かない」という、
記録としての誠実さだと私は思います。

起源は曖昧でも、100年かけて育まれてきたものは本物です。
飼っていると改めて気づくのですが、その白く清潔感のある見た目や、
適度な距離感の愛情深さは、なるほど日本の美意識に磨かれてきた犬だなと思わされることがあります。


参考文献・データ出典

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次