なぜ日本スピッツの尻尾は巻いているのか——「家畜化のしるし」と、巻き尾の科学

日本スピッツの魅力を語るとき、真っ白でふわふわの被毛、ピンと立った三角の耳、
そして——背中にくるりと巻いた、ふさふさの尻尾を外すことはできません。

あの巻き尾を見ていると、ふと不思議に思いませんか。

「なんで、わざわざ巻いているんだろう?」

まっすぐ垂れているほうが自然にも思えます。

それなのに、スピッツの尻尾は背中にくるんと乗っている。

今回は、この巻き尾の「なぜ」を、わかっている範囲の科学と一緒にひもといてみます。

実はこの尻尾、単なる見た目のかわいさだけでなく、
犬が犬になっていった歴史そのものを映している、なかなか奥深いテーマなのです。

そして最後に、飼い主として知っておきたい「健康な巻き尾と、そうでない巻き尾の違い」にも触れます。

目次

まず前提:巻き尾は「スピッツ系=北方犬」の特徴

巻き尾は、日本スピッツだけのものではありません。

シベリアン・ハスキー、サモエド、秋田犬、柴犬、ポメラニアン
——背中に巻いた尻尾を持つ犬には、ある共通点があります。

その多くが、寒い北の地域で生まれた「スピッツ系(北方犬)」だということです。

日本スピッツも、この系統に連なります。

ここでひとつ、誤解されやすい点を。「日本」と名が付くので日本犬(柴犬や秋田犬)の仲間だと思われがちですが、日本スピッツは、いわゆる日本犬とは別のルーツを持つ犬種です。

その祖先は、ドイツ系をはじめとする海外のスピッツたち。
巻き尾も、柴犬から受け継いだのではなく、スピッツという大きな家系に共通する特徴なのです。

(このあたりの面白い出自の話は、別の記事でくわしく書いています。)

では、そのスピッツ系に共通する巻き尾は、なぜ生まれたのでしょうか。有力な説は、大きく3つあります。

なぜ巻いているのか——有力な3つの説

① いちばん有力なのは「家畜化のしるし」説

近年の研究でもっとも注目されているのが、これです。

犬は、オオカミが人と暮らすうちに変化してできた動物です。

その過程で、人は「おとなしく、人に慣れやすい個体」を選んで一緒に暮らしてきました。

ここで面白いことが起きます。「おとなしさ」を選んでいくと、
なぜかセットで、見た目の変化までついてくるのです。

具体的には——白いブチ模様、垂れた耳、そして巻いた尻尾

これらは「家畜化症候群(domestication syndrome)」と呼ばれ、
家畜化された動物に共通して現れる特徴として知られています。

2014年の研究では、この現象が、胎児期の「神経堤細胞(しんけいていさいぼう)」という細胞の発達がわずかに穏やかになることで説明できる、
という仮説が提示されました(Wilkins ら 2014)。

おとなしさに関わる仕組みと、体の形を作る仕組みが、根っこでつながっている、というわけです。

有名なのが、旧ソ連で行われたキツネの実験です。

「人に慣れやすい」キツネだけを選んで何世代も繁殖させたところ、
性格がおだやかになっただけでなく、巻き尾や垂れ耳、まだら模様の個体が現れたと報告されています。

つまりスピッツの巻き尾は、「人と共に生きる道を選んだ動物のしるし」と見ることもできるのです。
ロマンのある話だと思いませんか。

ただし、この家畜化症候群という考え方には、
近年「本当にすべての特徴がひとつの原因でつながっているのか」という慎重な議論もあります(Morrill ら 2020 ほか)。

すべてが解明されたわけではなく、あくまで有力な仮説である、という点は正直にお伝えしておきます。

② 「寒さ対策」説

スピッツ系のふるさとは、寒い北の地域です。

寒い夜、犬が体を丸めて眠るとき、
ふさふさの尻尾を鼻や顔にかぶせると、吸い込む空気が温まり、冷えから守られる
——巻き尾には、こうした実用的な役割があった、という説です。

北方犬が体を丸め、尻尾を顔に巻きつけて眠る姿は、実際によく見られます。

背中に巻いた尻尾は、いざというときサッと顔にかけられる
「携帯毛布」のようなもの、というわけです。

これは直感的に納得しやすい説ですが、「巻き尾が寒さ対策としてどれだけ効いているか」を厳密に測った研究があるわけではありません。

あくまで、生態から考えられる説のひとつとして受け止めてください。

③ 「気持ちを伝える」説

尻尾は、犬にとって大事なコミュニケーションの道具です。

高く上がった尻尾、下がった尻尾、振り方
——犬はこれらで、うれしさや不安を表します。背中の上に高く掲げられる巻き尾は、
こうした感情のサインを、遠くからでも見えやすくしている、という見方もあります。

人に向けて気持ちを伝えるこうした表現は、オオカミにはあまり見られないとされます。

大事な区別:スピッツの巻き尾と、ブルドッグの「スクリューテール」は別物

ここは、飼い主としてぜひ知っておいてほしいところです。

同じ「巻いた尻尾」でも、健康的な巻き尾と、健康上の注意がいる巻き尾があります。

パグやブルドッグ、フレンチブルドッグに見られる、短くきつく巻いた「スクリューテール(螺旋尾)」。これは、日本スピッツの巻き尾とは、成り立ちがまったく違います。

スクリューテールは、DVL2という遺伝子の変異によって、
尻尾の骨(尾椎)そのものが癒合したり、変形したりして起きるものです(Mansour ら 2018)。

そしてこのタイプの犬種では、尻尾だけでなく背骨にも「半椎症(はんついしょう=椎骨の奇形)」などの問題が出ることがあり、歩行や神経の障害につながる場合があります。

一方、日本スピッツの巻き尾は、尻尾の骨は正常です。骨が奇形になって巻いているのではなく、
正常な尻尾を、筋肉と姿勢で背中の上に巻き上げている——いわば「巻き方」であって「変形」ではありません。

だから、スピッツのくるんとした尻尾を見て「骨が曲がっていてかわいそう」と心配する必要はありません。
あれは、健康な尻尾の、健康な巻き方なのです。

この違いは、混同されやすいので押さえておいてください。

日本スピッツの尻尾——見て、触れて、ケアする

最後に、実際のお世話の話を少し。

日本スピッツの尻尾は、犬種標準(スタンダード)でも「高い位置につき、背中に流れるように乗る」ことが特徴とされ、豊かな飾り毛が魅力です。

この飾り毛はもつれやすいので、ブラッシングのときは尻尾も忘れずに。清潔に保ってあげてください。

そして尻尾は、体調と気持ちのバロメーターでもあります。

いつも元気に背中に乗っている尻尾が、力なく下がったまま・股に巻き込んでいるときは、不安や緊張、あるいは体のどこかの不調を示していることがあります。

「いつもの巻き尾」を知っておくと、その変化に早く気づけます。
尻尾のつけ根を触って痛がる、急に下がったままになった、というときは、動物病院に相談してください。

くるりと巻いた尻尾は、日本スピッツのトレードマークであると同時に、
その子が「今日も元気だよ」と教えてくれるサインでもあるのです。

よくある質問(FAQ)

Q. 日本スピッツの尻尾は、なぜ巻いているのですか?
A. 巻き尾はスピッツ系(北方犬)に共通する特徴です。もっとも有力なのは「家畜化のしるし」説で、白い被毛や垂れ耳と同じく、人に慣れた動物に現れる特徴とされます。ほかに寒さ対策説、気持ちを伝える説があります。

Q. スピッツの巻き尾は、柴犬など日本犬と同じ由来ですか?
A. 見た目は似ていますが、由来は別です。日本スピッツはいわゆる日本犬ではなく、海外のスピッツを祖先に持つ犬種で、巻き尾もそのスピッツ系から受け継いだものです。

Q. 巻き尾は体に悪くないのですか?
A. 日本スピッツの巻き尾は尻尾の骨が正常で、健康的な「巻き方」です。パグやブルドッグのスクリューテール(遺伝子変異で尾椎が変形するもの)とは別物なので、心配はいりません。

Q. 尻尾がいつも下がっています。大丈夫でしょうか?
A. いつも背中に巻いている尻尾が力なく下がったままのときは、不安や体調不良のサインのことがあります。つけ根を痛がる、急に下がったままになった、という場合は動物病院に相談してください。

Q. 子犬のうちは、あまり巻いていないことがありますか?
A. 成長とともに尻尾の巻きや飾り毛がはっきりしてくることはあります。気になる場合は、ブリーダーやかかりつけの獣医師に尋ねてみてください。

まとめ

  • 巻き尾は日本スピッツだけでなく、スピッツ系(北方犬)に共通する特徴
  • 日本スピッツは日本犬ではなく、巻き尾も海外のスピッツから受け継いだもの
  • なぜ巻くのかは、①家畜化のしるし説(もっとも有力)②寒さ対策説 ③気持ちを伝える説、の3つが有力
  • 「家畜化症候群」は白い被毛・垂れ耳・巻き尾を結ぶ考え方だが、まだ議論もある仮説
  • スピッツの巻き尾(尻尾の骨は正常)は、ブルドッグのスクリューテール(遺伝子変異による変形)とは別物
  • 尻尾は体調・気持ちのバロメーター。いつもの巻き尾を知っておくと変化に気づける

何気なく見ていた尻尾ひとつにも、犬が人と歩んできた長い歴史が刻まれています。今日、愛犬の巻き尾を見るとき、少しだけ違って見えたら嬉しいです。

尻尾の様子で気になることがあれば、かかりつけの獣医師に相談してください。

参考文献

  • Wilkins AS, Wrangham RW, Fitch WT. The “domestication syndrome” in mammals: a unified explanation based on neural crest cell behavior and genetics. Genetics. 2014;197(3):795-808. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25024034/
  • Mansour TA, et al. Whole genome variant association across 100 dogs identifies a frame shift mutation in DISHEVELLED 2 which contributes to Robinow-like syndrome in Bulldogs and related screw tail dog breeds. PLoS Genetics. 2018;14(12):e1007850. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30521570/
  • Morrill K, et al. Morphology does not covary with predicted behavioral correlations of the domestication syndrome in dogs. Evolution Letters. 2020. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7293089/

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