「室内で飼っているから大丈夫」——その油断が、いちばん危ない。犬のノミ・マダニ予防の話

「うちの子は室内で飼っているので、ノミやマダニの予防はしていません」
ときどき聞く言葉です。
その気持ちは、よくわかります。
外をあまり歩かない子なら、虫とは縁がなさそうに思える。
予防薬にもお金がかかるし、できれば余計な薬は使いたくない。
まっとうな感覚だと思います。
ただ——結論から言うと、室内で飼っていても、ノミ・マダニの予防は必要です。
理由は2つあります。ひとつは、ノミやマダニは「室内飼いの家にも入ってくる」から。
もうひとつは、放っておくと犬だけでなく、飼い主である人間の命にも関わる病気につながることがあるからです。
そして今、この話は少し急いでお伝えしたい事情があります。
マダニが運ぶ「SFTS」という感染症の患者数が、2025年に過去最多を更新しました。
今回は、脅かすためではなく「正しく怖がって、正しく防ぐ」ために、
ノミ・マダニ予防の話をまとめます。
ノミ・マダニはどこからうつる?——室内犬の「意外な入口」
まず、ノミとマダニがどういう虫かを一度だけ整理します。
- ノミ(flea):毛の中にもぐって吸血し、そこで卵を産んで繁殖する、数ミリの小さな虫
- マダニ(tick):草むらに潜み、通りかかった動物や人に飛びついて吸血する虫。吸血すると小豆ほどにふくらむ
「じゃあ、外に出なければ大丈夫では?」と思いますよね。ところが、入口は散歩道だけではありません。
- 飼い主が持ち込む:人の衣類や靴について、そのまま家に運ばれることがあります。
ペットや衣類についたマダニは、家の中の床の上でも数週間生きられるという研究があります - 玄関・庭・ベランダから来る動物:庭先に来る野良猫や、ハクビシン・タヌキなどの野生動物にはノミ・マダニがついていることがあります
- ほんの少しの外出:ベランダ、玄関先、抱っこでの短い外出でも接触の機会はあります
実際、ペットを飼っている世帯は、飼っていない世帯よりもマダニに遭遇しやすいことが海外の研究で示されています。
家族の体にマダニがついているのを見つけるリスクが1.83倍、
咬まれた状態で見つけるリスクが1.49倍という報告です。
ペットは、私たちが思っている以上に「外と家をつなぐ入口」になり得るのです。
だからこそ、外出後に玄関で体をさっと確認する習慣が、いちばん手前の防波堤になります。
予防しないとどうなる?——ノミ・マダニが運ぶ病気
ノミ・マダニの本当の怖さは、虫に刺されること自体よりも、虫が運んでくる病気にあります。
マダニが媒介する病気
日本国内で問題になっている、マダニが運ぶ主な病気です。
| 病気 | どんな病気か | 犬・人への関わり |
|---|---|---|
| SFTS(重症熱性血小板減少症候群) | マダニが運ぶウイルスの病気。高熱・消化器症状・血が止まりにくくなる | 犬・猫も発症し、人にもうつる。致死率が高い(後述) |
| 犬バベシア症 | マダニが運ぶ原虫が赤血球を壊す。貧血・発熱・赤い尿・黄疸 | 犬の重い病気。重症だと命に関わる。西日本中心だが東日本にも拡大報告 |
| 日本紅斑熱 | マダニが運ぶ細菌の病気。発熱・発疹・刺し口 | 主に人の病気。重症化することがある |
| ライム病 | マダニが運ぶ細菌の病気。特徴的な赤い輪の発疹・関節痛など | 人・犬とも。国内では北海道・本州中部以北に多い |
※アナプラズマ症・エーリキア症などは欧米では犬の代表的なマダニ媒介感染症ですが、国内の犬での実態はまだはっきりしていません。「国内にない」と断定はできず、今後の情報に注意が必要な段階です。
SFTSが過去最多——「犬・猫から人へ」も起こりうる現実
いま特にお伝えしたいのが、SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome=重症熱性血小板減少症候群)です。
ひとことで言えば「マダニが運ぶ、血が止まりにくくなる高熱の病気」です。
数字で見てみます。
- 国内のヒトの患者数は、2013年の統計開始以降、2021年からは毎年100人を超え、
2025年は191人(暫定値)で過去最多を記録しました - 感染地域は、これまで西日本が中心でしたが、近年は東日本へ広がっています。
2025年には秋田県・神奈川県・岐阜県など、これまで届出のなかった地域からも報告が出ました - ヒトの致死率は決して低くなく、国の資料でおよそ27%と報告された時期があります
(数字は調査時期・地域で幅があります)
そして飼い主として知っておきたいのが、犬や猫も、他人事ではないという点です。
- 犬・猫もSFTSを発症します。
公的機関の資料では、猫では6〜7割、犬でも4割ほどが亡くなったという報告があります
(致死率の数字は資料により幅があります) - 動物から人にうつった事例も報告されています。
SFTSを発症した猫に咬まれた人が亡くなった例や、犬との接触後に人が発症した例があります - さらに2024年3月には、国内で初めて「人から人へ」の感染(患者を診た医師への感染)が確認されました
ここで大事なのは、過度に怖がって犬猫を遠ざけることではありません。
報告されているのは主に「体調を崩している動物」との濃厚な接触です。
元気なペットから感染したという事例は報告されていません。
つまり、やるべきことはシンプルです。マダニをそもそも犬につけない(=予防する)こと。
そして体調の悪い動物を触るときは素手・無防備を避けること。
この2つで、犬も人もリスクを大きく下げられます。
ノミが媒介する病気
マダニほど致命的ではありませんが、ノミも見過ごせない病気を運びます。
- 瓜実条虫(うりざねじょうちゅう)症:毛づくろいのときにノミを飲み込むことで感染するお腹の寄生虫。
肛門のまわりに米粒のような白い片節が見られます - ノミアレルギー性皮膚炎(FAD):ノミの唾液に対するアレルギー。
腰から尾のつけ根にかけて、たった数か所刺されただけでも激しいかゆみ・脱毛を起こします - 猫ひっかき病:ノミが関わる細菌を介して、猫から人がうつることがある病気。多頭飼いや猫と暮らす家庭では、猫のノミ予防も人を守ることにつながります
ノミ・マダニ予防薬の種類と選び方
予防薬には、大きく分けて2つのタイプがあります。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| スポットオン(外用) | 首の後ろなど、皮膚に直接垂らすタイプ |
| 経口(飲み薬) | おやつ状・錠剤で飲ませるタイプ |
近年広く使われているのが、イソオキサゾリン系(isoxazoline)という成分です。
虫の神経にだけ作用して駆除する仕組みで、哺乳類には効きにくいため、
犬にとっての安全域は広いとされています(Gassel ら 2014)。
ただし「絶対に副作用が起きない」わけではありません。
ごく一部の犬で、ふるえ・ふらつき・けいれんなどの神経症状が報告されており、
海外の当局も注意喚起をしています。
持病のある子や過去に発作のある子は、必ず事前に獣医師へ相談してください。
どの薬が合うかは、犬の年齢・体重・体質・地域のマダニ事情によって変わります。
市販薬と動物病院で処方される薬では、
対応できる寄生虫の範囲や効き方が違うこともあります。
最初の1本は動物病院で相談して選ぶのが、遠回りに見えていちばん確実です。
「天然ハーブ・アロマだから安全」ではありません
「化学薬品は不安。天然のハーブやアロマで予防したい」という声もよく聞きます。
気持ちはわかるのですが、ここは正直にお伝えします。
- 精油(アロマ)の虫よけ効果は、成分や条件によって研究結果がばらばらで、「寄せ付けにくくする」ことはあっても「駆除する」力は期待できません
- そして何より、精油は犬や猫にとって中毒の原因になり得ます。
ティーツリー、シナモン、ユーカリなどが、けいれんや肝臓・腎臓の障害を起こした例が知られています。
特に猫は体質的に精油に弱いので要注意です
「天然=安全」ではありません。使う場合も、原液を直接つけるようなことは避け、事前に獣医師に相談してください。
予防は一年中? それとも夏だけ?
「マダニは夏の虫」というイメージがありますが、これも少しずつ変わってきています。
ノミは暖かい室内では冬でも繁殖できますし、温暖化でマダニの活動期間も長くなっています。
海外の予防ガイドライン(CAPC・ESCCAP)は、生涯を通じた通年予防を基本として推奨しています。
日本では地域差が大きいので、「うちの地域・うちの子は通年か、シーズンだけでよいか」を、
かかりつけの獣医師と決めるのがいちばんです。
イタグレと日本スピッツ——犬種ごとの「見つけやすさ」の違い
ここからは、ラーテルが繁殖しているイタリアングレーハウンドと日本スピッツについて。
犬種専用の研究があるわけではないので、体型や被毛の特徴からの見立てとして読んでください。
イタリアングレーハウンド
- 被毛が短く皮膚が薄いので、マダニがついたり皮膚が荒れたりしたときに目で見つけやすいのは利点です
- 一方で体が地面に近い。草むらを歩くとき、
マダニ・ノミと接触する機会は相対的に多くなりやすいと考えられます - 皮膚が薄くデリケートなので、ノミアレルギーによるかゆみで掻き壊すと、
皮膚炎が悪化しやすい心配があります
日本スピッツ
- 豊かなダブルコート(二重の被毛)の奥にマダニが埋もれて、発見が遅れやすいのが注意点です。
「真っ白だから目立つ」と思いがちですが、毛をかき分けないと地肌は見えません - だからこそ、日々のブラッシングが早期発見にそのまま役立ちます。
白い被毛は、黒っぽいマダニやノミの糞(黒い粒)を見つけやすいという利点もあります
どちらの犬種も、「予防薬+帰宅後・ブラッシング時の体チェック」の組み合わせが基本になります。
マダニを見つけたときの正しい対処——「自分で引き抜かない」
もし犬の体にマダニを見つけたら、あわてて自分で引き抜かないでください。これはとても大事なポイントです。
やってはいけないのは、次のようなことです。
- ひねる・回して抜く:口の部分(口器)が皮膚の中に残ってしまう原因になります
- 指でつぶす・強く握る:マダニの体液(病原体を含むことがあります)が犬の体に逆流し、かえって感染リスクを上げます
- 熱で炙る・ワセリンや油をかけるなどの民間療法:マダニが刺激で唾液をより多く注入し、逆効果です
いちばん安全なのは、動物病院で取ってもらうことです。付着している時間が長いほど、病気がうつるリスクは上がります。見つけたら早めに受診してください。マダニを取ったあとも、数週間は体調の変化に気をつけましょう。
よくある質問(FAQ)
Q. 室内飼いでも、犬のノミ・マダニ予防は必要ですか?
A. 必要です。ノミやマダニは、飼い主の衣服や靴、庭や玄関に来る野良猫・野生動物を通じて室内にも入ってきます。外に出ないから安全、とは言い切れません。予防の要否は、かかりつけの獣医師と相談して決めてください。
Q. ノミ・マダニ予防をしないと、どうなりますか?
A. かゆみや皮膚炎だけでなく、SFTSやバベシア症など、犬や人の命に関わる病気につながることがあります。特にマダニが運ぶSFTSは、2025年に人の患者数が過去最多を記録しています。
Q. ノミやマダニは、どこからうつるのですか?
A. 散歩中の草むらが代表的ですが、それだけではありません。飼い主の服や靴に付いて持ち込まれたり、庭や玄関に来る動物から移ったりします。ペット飼育世帯はマダニに遭遇しやすいという研究もあります。
Q. ノミ・マダニ予防は一年中必要ですか? 夏だけではダメですか?
A. ノミは暖かい室内では冬も繁殖でき、マダニの活動期間も長くなっています。海外のガイドラインは通年予防を推奨しています。地域差が大きいので、通年かシーズンだけかは獣医師と決めるのが安心です。
Q. 犬にマダニを見つけたら、自分で取ってもいいですか?
A. おすすめしません。ひねったり、つぶしたり、油をかけたりすると、口器が残ったり体液が逆流したりして、かえって危険です。動物病院で取ってもらうのがいちばん安全です。
Q. SFTSは、犬や猫から人にうつることがありますか?
A. あります。ただし報告されているのは主に「体調を崩している動物」との濃厚な接触です。元気なペットからの感染事例は報告されていません。犬にマダニをつけない予防と、体調の悪い動物を無防備に触らないことが対策になります。
まとめ——「正しく怖がって、正しく防ぐ」
最後に、今回の要点を短くまとめます。
- 室内飼いでも、ノミ・マダニは飼い主の服や訪れる動物を通じて家に入る
- 予防しないと、犬だけでなく人の命に関わる病気(SFTS等)につながることがある
- SFTSは2025年に人の患者数が過去最多。犬・猫も発症し、動物から人へうつった例もある
- 予防薬はイソオキサゾリン系などがあるが、最初の1本は獣医師に相談して選ぶ
- 「天然・アロマだから安全」ではない。精油は犬猫の中毒リスクがある
- イタグレは見つけやすいが地面に近い、スピッツは被毛に埋もれ発見が遅れやすい
- マダニを見つけても自分で引き抜かず、動物病院へ
予防そのものは、月に1回の薬と、帰宅後・ブラッシング時のひと手間で済みます。難しいことではありません。
大切なのは、脅えることでも油断することでもなく、「正しく怖がって、正しく防ぐ」こと。愛犬の予防は、そのまま家族であるあなた自身を守ることにもつながっています。
予防薬の選び方やマダニのことで気になることがあれば、迷わずかかりつけの獣医師に相談してください。
参考文献
- 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)2025年5月現在」IASR特集 https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/IASR/Vol46/546/546t.html
- 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「国内外における重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の発生状況について」 https://id-info.jihs.go.jp/risk-assessment/severe-fever-with-thrombocytopenia-syndrome/20240801/index.html
- 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「ペットからSFTSウイルスに感染し、SFTSを発症した事例報告」 https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/8987-473r05.html
- 厚生労働省「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000169522.html
- 厚生労働省「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)に関するQ&A」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou19/sfts_qa.html
- H・CRISIS(国立保健医療科学院)「SFTSウイルスの患者から医療従事者への感染事例について」2024年 https://h-crisis.niph.go.jp/archives/400262/
- 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「ライム病(詳細版)」 https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/lyme-disease/detail/index.html
- Jones EH, et al. Pet ownership increases human risk of encountering ticks. Zoonoses Public Health. 2018;65(1):74-79. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28631423/
- Gassel M, et al. Discovery and mode of action of afoxolaner, a new isoxazoline parasiticide for dogs. Veterinary Parasitology. 2014;201(3-4):179-189. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24631502/
- Merck Veterinary Manual – Tick Removal https://www.merckvetmanual.com/integumentary-system/ticks/tick-removal
- Merck Veterinary Manual – Toxicoses From Essential Oils in Animals https://www.merckvetmanual.com/toxicology/toxicoses-from-household-hazards/toxicoses-from-essential-oils-in-animals
- Merck Veterinary Manual – Isoxazoline Toxicosis in Animals https://www.merckvetmanual.com/toxicology/insecticide-and-acaricide-organic-toxicity/isoxazoline-toxicosis-in-animals
- Merck Veterinary Manual – Flea Allergy Dermatitis in Dogs and Cats https://www.merckvetmanual.com/integumentary-system/fleas-and-flea-allergy-dermatitis/flea-allergy-dermatitis-in-dogs-and-cats
- CDC – Preventing Tick Bites https://www.cdc.gov/ticks/prevention/index.html
- Companion Animal Parasite Council (CAPC) – General Guidelines https://capcvet.org/guidelines/general-guidelines/
- ESCCAP Guideline 05: Control of Ectoparasites in Dogs and Cats (2024) https://www.esccap.org/uploads/docs/32ir16g1_0775_ESCCAP_Guideline_GL5_20241203_1p.pdf