在宅勤務時代の「一緒にいすぎ」が招くリスクと、ケージ時間の作り方

「在宅で常に家にいるのですが…分離不安が心配です。」

「今はテレワークで、ほぼ一日中家にいます。だから子犬と常に一緒にいられる。でも、数ヶ月したら出社が増えるかもしれない。ずっと一緒にいたのに、急に留守番させるのは犬がかわいそうではないかと思って」

この問いは、ここ数年でとても多くなりました。

コロナ禍以降、在宅ワークが一般的になり、「犬と過ごす時間が増えた」という方が一気に増えた一方で、
その後に起きる「出社再開」のタイミングで犬が不調をきたすケースも増えています。

ご心配の方向性は、まったく正しいのです。問題は、その不安をどう行動に変えるか、です。


目次

分離不安とは何か、どのくらい一般的か

分離不安とは、飼い主が外出・不在になった際に犬が示す行動上・情動上の問題です。

症状として代表的なのは以下のようなものです。

  • 飼い主が出発した後、おおむね30分以内に始まる持続的な吠え・遠吠え
  • 家具や物への破壊行動
  • 在宅時には見られないのに、留守中だけ起きる排泄の失敗
  • 過剰なよだれ、パンティング(ハァハァという口呼吸)
  • 徘徊、自傷行為

「うちの犬にはないかな」と思われるかもしれませんが、分離不安は犬にとってかなり身近な問題です。

Sherman & Mills (2008) の研究では一般飼育犬の14〜20%に見られると推計されており、
フィンランドで行われた13,700頭を対象とした大規模調査(Salonen et al., 2020)でも同様のスケールが確認されています。10頭に1〜2頭という計算です。


なぜ「ずっと一緒にいること」がリスクになりうるのか

「一緒にいると分離不安になる」というのは、ちょっと乱暴な言い方をすると誤解されやすい表現です。

正確には、「一緒にいることが常態化した状態で急に留守番が増えると、
リスクが高まりやすい」ということです。

2024年に英国で発表されたDale et al. の縦断研究は、この問題に非常に示唆的なデータを提示しています。

生後16週齢以下の子犬を対象に、
飼い主の行動と6ヶ月齢での分離関連行動の発症リスクを追跡した研究です。

その結果のひとつが、「帰宅時の過度な歓迎行動のリスク」でした。

生後16週齢以下の時期に、飼い主が帰宅のたびに過度に撫でる・遊ぶ・抱き上げるなどの対応をしていた子犬は、
6ヶ月齢での分離関連行動の発症オッズが約6倍高かったのです。

これは直感に反するように感じるかもしれません。

「かわいいから抱っこしているだけなのに」と。

でも犬の側から見ると、「人間がいる=常に最高の状態」「人間がいない=恐ろしく異常な状態」というコントラストが強化されてしまいやすいのです。

もうひとつ、この記事の主題に直結するデータがあります。Harvey et al. (2022) の英国研究です。

ロックダウン期間中、留守番の機会がほぼゼロになった犬では、
その後に留守番が急増したタイミングで新たな分離関連行動の発症リスクが有意に高まったことが確認されました。

「毎日ずっと一緒にいたのに、急に留守番が増えた」
——まさに在宅勤務から出社への切り替えで起きることが、最もリスキーなパターンに当てはまるのです。

冒頭に感じた不安は、行動科学の観点から見ても、的外れではありませんでした。


実際に伝えていること——「人が見えていてもケージはケージ」

「目が届かない時間があるなら、ケージ(クレート)は用意してください」

これはペナルティのためではなく、犬が「一人でいる時間」を学ぶための環境設定です。

そして、もうひとつ大切なことがあります。

「人が見えている時でも、ケージはケージである」という状態を作ること。

よくある失敗パターンは、こういうものです。「在宅中は常にリビングで一緒にいて、仕事が始まってからも仕事部屋に入れていた。でも出社の日はケージに入れた」。

このやり方だと、ケージは「飼い主がいない時に入れられる場所」という文脈でしか学ばれません。

当然、ケージ=飼い主の不在と結びついてしまいます。

理想的な状態は、「人が見えていても見えていなくても、ケージにいる時間がある」ということです。

在宅勤務中でも、午前中は仕事の時間としてケージで過ごす。「仕事が終わったら出そうね」という日課を作ることで、ケージは「孤独を意味する場所」ではなく「落ち着いて過ごすルーティンの一部」として定着していきます。

ずっと一緒にいたい気持ちは、十分すぎるほど理解できます。

でも、その「いつも一緒」が、将来の分離不安の芽を育ててしまうことがあります。


クレートは「罰の場所」ではなく「予防の手段」になりうる

クレートについては、「かわいそう」「閉じ込めるのは虐待では」という声を今でも時々いただきます。

ただ、Dale et al. (2024) の研究では、生後16週齢以下の時期に「夜間に囲いのある場所(クレート・ペンなど)で過ごした経験」のある子犬は、6ヶ月齢での分離関連行動の発症オッズが有意に低かったことが示されました。

あくまでも観察研究であり、クレート使用単体の効果をRCT(無作為化比較試験)で検証した研究ではありません。

「クレートを使えば必ず大丈夫」とは言えません。

ただ、少なくとも現在の科学的な知見において、クレートは「虐待」ではなく「分離不安の予防に寄与しうる選択肢」として位置づけられています。

VCAやASPCAといった獣医情報機関も、適切に導入されたクレートは犬にとって安心できる居場所になり、
分離不安への対処に役立ちうる、という立場をとっています。

クレートトレーニングの基本的な考え方は、以下のようなものです。

① まずクレートを「良いことが起きる場所」にする。
扉を開けたままにして、中においしいおやつや好きなおもちゃを置く。
犬が自分から入りたくなるような状態を作る。

② 入ったら静かにほめる(過剰に騒がない)。扉はまだ閉めない。

③ 犬が自然に入るようになったら、少しずつ扉を閉める時間を伸ばしていく。

最初は数秒から、徐々に数分、数十分と。

④ クレートの中ではおとなしく過ごせるおもちゃ(コング類など詰め物ができるもの)を活用する。

焦って長時間閉じ込めると、逆効果になります。

嫌な記憶が積み重なれば、クレートへの恐怖が強化されてしまいます
(これを専門用語で「感作(かんさ)」と言います)。

段階的に、丁寧に慣らしていくことが大切です。

なお、クレートの中で過ごす床がすべりやすい素材だと、犬が落ち着きにくいことがあります。

クレートの底面には、すべり止め効果のあるマットや敷物を敷いてあげるとよいでしょう。


留守番の時間はどのくらいまで大丈夫か

「月齢×1時間」というルールを目にしたことがある方は多いかもしれません。

生後2ヶ月なら最大2時間、3ヶ月なら3時間、というものです。

これはもともと、膀胱のコントロール能力に基づいた物理的な目安です。

長時間排泄を我慢させると膀胱や健康への負担になる、という考え方から来ています。
分離不安の予防に特化したエビデンスに基づくルールではありません。

また、この目安は超小型犬(体重1kg前後)の子を基準としていると言われております。

「短い留守番から始めて少しずつ延ばす」という段階的な慣らしは、やはり大切です。

30分から始めて、犬がケージの中で穏やかに過ごせていたら次は1時間、2時間、と伸ばしていく。急ぐことが一番の禁物です。

留守中の様子が心配な方には、ペットカメラで様子を確認できる環境を整えておくことをおすすめします。「吠え続けているのか、穏やかに寝ているのか」が分かるだけで、対応が変わります。


やってはいけないこと

罰的な訓練手法の使用
Dale et al. (2024) の研究では、叱責や罰的な訓練手法を使っていた場合、
分離関連行動の発症リスクが11倍以上に増加したという結果が示されました。

罰は問題行動の解決につながらず、むしろ不安を強化しやすいのです。

出発・帰宅を大きなイベントにする
「行ってくるよ〜!さみしいね〜!」と大げさに声をかけてから出る、帰ってきたら「ただいま〜!会いたかったよ〜!」と興奮気味に迎える。

こうした行動が積み重なると、出発と帰宅が「特別な感情的イベント」として犬に認識されやすくなります。

出発・帰宅はなるべく静かに、淡々と行うことをおすすめします。

いきなり長時間の留守番
いくら準備していても、初日からフルタイムの留守番は犬にとってストレスが大きくなります。

最初は短い時間から、少しずつ慣らしていくことが大切です。


すでに症状が出ている場合は、早めに専門家へ

この記事は「迎えたばかりの方」に向けた予防のための情報です。

もし現在すでに、「留守中に吠え続けている」「毎回物が壊されている」「留守中の粗相が続いている」という状態が起きているなら、それは予防ではなく治療の段階です。

分離不安の治療は、行動修正の専門知識が必要です。

インターネットの情報だけを頼りに対応しようとすると、逆に症状が悪化することがあります。

まずはかかりつけの獣医師に相談しましょう。


まとめ

在宅勤務が増えた時代、「犬とずっと一緒にいられる」ことは喜ばしいことです。

でも、その生活が子犬に「人間が常に傍にいることが普通」という状態を作り出しているとしたら、
将来の出社再開が大きな試練になりかねません。

大切なのは、以下の点です。

  • 在宅中でも、ケージで過ごす時間を意識的に作る
  • 「人が見えていてもケージはケージ」という状態を習慣にする
  • クレートは罰でも虐待でもなく、落ち着きのための場所として育てる
  • 出発・帰宅は淡々と。感情を大きく出しすぎない
  • 留守番は段階的に慣らす。急ぐことが最大のリスク
  • 叱責・罰的な訓練は使わない

子犬期にどんな習慣を作るか。それが、1年後・5年後の犬との暮らしの質を大きく左右します。

在宅勤務だからこそできる準備があります。出社が増える前の今が、一番良い練習の時間です。


参考文献

  • Sherman, B.L. & Mills, D.S. “Canine Anxieties and Phobias: An Update on Separation Anxiety and Noise Aversions.” Veterinary Clinics: Small Animal Practice, 38(5), 1081–1106 (2008).
  • Salonen, M., Sulkama, S., Mikkola, S., et al. “Prevalence, comorbidity, and breed differences in canine anxiety in 13,700 Finnish pet dogs.” Scientific Reports, 10, 2962 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-59837-3
  • Dale, S., Mills, D.S., et al. “Early life risk factors for the development of separation-related behaviour in dogs.” Animal Welfare, 33, e6 (2024). PMC ID: PMC11655275.
  • Harvey, N.D., Craigon, P.J., Shaw, S.C., et al. “Behavioural differences in dogs with and without a previous history of separation-related behaviour problems.” Applied Animal Behaviour Science, 252, 105653 (2022). PMC ID: PMC8868415.
  • Tiira, K. & Lohi, H. “Early Life Experiences and Exercise Associate with Canine Anxieties.” PLOS ONE, 10(11), e0141907 (2015). PMC ID: PMC4631323. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0141907
  • VCA Animal Hospitals. “Separation Anxiety in Dogs.” https://vcahospitals.com/know-your-pet/separation-anxiety-in-dogs (参照 2026年5月)
  • ASPCA. “Separation Anxiety.” https://www.aspca.org/pet-care/dog-care/common-dog-behavior-issues/separation-anxiety (参照 2026年5月)
  • PetMD. “Separation Anxiety in Dogs: Signs, Causes and Solutions.” https://www.petmd.com/dog/conditions/behavioral/separation-anxiety-in-dogs (参照 2026年5月)
  • PDSA. “Separation anxiety in dogs.” https://www.pdsa.org.uk/pet-help-and-advice/pet-health/dog/separation-anxiety-in-dogs (参照 2026年5月)

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